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今日のふるごと -28-

博士学哿 頓首して白言(もうしといまつる)に、伏して願わくば修心のことについて聞(うけたまら)む、と。
 曰く。心の其の体は霊(きのみたま)なり。其の用(はたらき)は亨る。其の性は徳、其の相は明か、其の主は活(いきる)、其の從は発る。其の位は中、其の官は識(かんず)く、其の総は虚、其の別は妙なり。
 察(みる)を得て霊は以て之に正(まさごと)し、亨るは以て之を審(あきらか)にし、徳は以て之を圓(めぐら)し、明は以て之を晃(てら)し、活は以て之を健やかにし、発は以て之を利し、中は以て之を庸(つね)し、識るを以て之を博(ひろ)め、虚は以て之に拠(よりどころ)とし、妙は以て之を格す。是、心の道にして、是、修めの道なり、と。
 言い白す、其の則は如何。曰わく。之に学びて其の極を見、之に見(かえりみ)て其の地に止まれ、と。
 言い白す、其の制(とどめおさむる)には如何。曰く。敬みに帰って、俗心を納れず、誠に帰って公心を放さずは是なり、と。

「御語本紀」より

儒者の博士学哿と太子との問答。 
心の修めかたについて学哿が太子に伺い、それに答えられた。
 心の本体は霊であり、あらゆるものに亨るはたらきをする。その本質は徳であり明るく表れ、活き活きとしている。そして動き、目覚めさせ、健やかにするはたらきがあり、かたよりなく、そもそも空であり、妙なるものである。これが心の道であり、その天性を基に生きるのが修心の道である。
 さらに学哿が問うに、どうすれば心の元々のはたらきにしたがっていけるか、と。
 太子は、それには内なる霊(かみ)に学び、その極めを覚り、そこに止まれと言われた。
 また学哿が尋ねるに、どうすれば止まっていられるか、と。
 太子は、霊を敬い、俗に汚されないようにし、誠実を保ち、私事に偏らないようにすることだと言われた。
 つまり、人に元々うまれながらにある内なる霊(かみ)の尊さがいかなるかを学び知り、己を常にそこに顧みて外れないように生きよ、それが修心という教えである。この元は五鎭の心であることはいうまでもない。

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