旧事本紀研究会
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今日のふるごと -3-

学問の要は、我を天に格(ただ)すことにあり。是れ眞洞に体(あた)り、是れ浩元(こうげん)を養ふなり。是れそれに到らむと欲者(するは)無我を到して是に凝滞を無くし、是に生薫を夭(いのち)とす。

「経教本紀ー先代旧事本紀大成経第四十一巻」より

 学要伝はその文字通りに学問を修めるために肝要なことと解釈するだろうけれども、ここでいう学問は、道を覚り行うことを意味している。経教本紀には学要伝の前に、道とは何かを表した「神文」四十七文字が説かれている。それを受ける形で博士学哿が書いたものである。学哿は聖徳太子が西儒を学ぶために招聘した儒学者であった。生涯側に仕え、太子の高邁な識見に圧倒された。その教訓を学要伝としてまとめたものである。

 「神文四十七文言」は天照大神が地照太神に詔し給う御言葉を神代文字で伝えられたもの。古代天皇の時代に伝えられてきた神代文字すなわち神文は音を表した文字をいい、その音、つまり響きは「天と地と人を貫く理」を表したものであることを聖徳太子が解き明かし、さらに秦文字に置き換え「神文伝」を著した。そして「この神文に表された理にしたがって行い、標を立てていくことが道となる、この学びはわが国の教えの基であるが学ぶに容易なものではない、信に非ざれば得がたし、精と行とともに成って至るべきもの」と神文伝完成後に推古天皇の詔に対して奏上した。

 よって学要伝の初めの「学問の要は我を天に格すことにあり」は、学びとは天の理を学び、覚り、行うことである。
格すという文字は余計な枝を切り落として樹の形を整える意味。法に合うか、悪を離せるか、悪を善に易えれたかどうか、悪をころしているか、みな格すである。天と一つになっているか自ら格(はかる)という意味。
眞洞は、物質の真空に対し心の元めであるところのひろびろとした虚をいう。
浩元は元のゆったりとひろびろとした心の状態。
凝滞はこだわり滞って閊え、はかどらない様。
生薫は生命がいきいきと躍動している様。
つまり人は恵まれたわが命をその初めのままにいきいきと活かして生きていくことが大事であり、そのためには天の理を学び地を智り、己を格すことだという。この言葉から始まっている。
 慣れない言葉が連なるが、要は、人は命のでどころも行く末も知らない。文明という枝葉に惑わされて知ったつもりでいるだけでは美しい樹に育ち、実り豊かな地にすることも叶わないだろう。信をもって学び始めよ、謙虚に朗らかに歩めという学哿からの伝言である。

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