旧事本紀研究会
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今日のふるごと -14-

推古五年(西暦597、太子26歳)夏四月。百済国(威徳王当時)より遣わされた阿佐王子は調を貢来て啓して曰く。僕(われ)聞(うけたまわる)に、君国に人の聖人有りと。僕は自ら拝観(まみえまつら)ば意(こころ)の願い方(また)足らむ、と。
 太子 之を聞き即て宮中に召す。阿佐、驚拝み、熟々太子の顔を見(あおぎみ)て、左右の掌、及び左右の足の跟(くびき)を見て、起って再拝するに両段乃ち退いて庭上に出で右膝を以て地に着け合掌 恭敬して曰す。
 救世の大慈観音菩薩 妙教を流通し、東方の日国に四十九歳。灯を伝ふるの説を演(のべまさ)む。大慈大悲の菩薩に敬礼しまつる。
 太子 目を合(ふせたま)いることしばし、眉間より白光を放つ。長さ一丈量り、時に三たび、縮て入る。
 阿佐 大いに畏れ、更に立って再拝し両段罷り出づ、阿佐は異人(ただびとならざるひと)にして能く儒、釈、天文の諸典に達し、太子の徳を愛(した)い、久しく留って事へ奉れり。

「聖皇本紀」より

日本書紀はこの阿佐太子の来朝のことは簡略ながら伝えているが先代旧事本紀10巻本及び古事記は全く伝えていない。この記述は当時の両国の関係や思想を知る上に必要な伝えである。儒者は眉間から白光を放つという文言は遅疑して採らないだろうが、仏者から言えばその意味は通じるしまた聖人の常識ともいえ、顔から後光がさすという表現は現在も尊く畏怖する対象へ用いる、あながち戯画的な文ともいえずその意を解するべきである。また法隆寺夢殿に安置されている救世観音(救世観世音菩薩)は今では誰もが知るところとなり、その御姿は聖徳太子を写したものとも伝えられる。仏者による聖徳太子伝説には太子を仏教擁護者とのみ見る偏りがあるため全てを鵜呑みにしないよう注意が必要だが、異人(ただびとならざるひと)であったことは聖皇本紀全体の記述に散見し、信者でなくとも理解できるだろう。また太子の尋常ならざる尊さを見抜き深く敬服した阿佐太子もまた異人であり博識であったと記されている。異人と表されているのは凡人に非ずという意味でいわゆる聖人のことだが、眞人(かんつひじり)至人(なかつひじり)聖人(しもつひじり)とその極まりかたに段階があることは宗徳経に詳しい。

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