旧事本紀研究会
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今日のふるごと -53-

 貴からむと望み富を諍うは蓋し憍り楽しみを以て自らを楽しませるに在る。還って自らを苦しめるなり。それは唯、苦しめるのみならず自らを辱める。
 仁を以て吾を為し、礼を以て生涯を養い、義を以て死を竟(おわ)る。三を以て生涯を立ち得る者は、たとえ一日と雖もこの命なり。不敏と雖も賢き人なり。
 君子に私無し、取捨を天に任せよ。寡人(われ)が死する日、汝ら決して惑うこと勿れ、と。

「聖皇本紀 下の下巻」より

 貴くあろうと望み、富を得ようと競いあうというのは憍慢であり愉楽を求めることである。憍りは自分にとっては快く思いがちだが、かえってそれは自分自身を苦しめる以外のものではないばかりか自己を辱めることである。
 常に仁深い人であり、礼節を怠らない人生を歩み、義を固くして死ぬ日を迎える。この三を尽くし生涯を通せる者は、たとえ一日かぎりの命であろうと生きて尊い恩恵の中にある。敏からずとも賢い人である。
 君子は私心を抱かない。取るか捨てるかを迷うことなく神の理に従うものだ。わたしが亡くなっても、決しておまえたちは惑ってはならない。

推古二十八年三月のある日、太子が山代大兄王と殖栗王に曰り遺された「賢を以て汝らに付けるが」の続きの言葉である。人として三を尽し生涯を通すことを一身を以て示された太子が、ゆるぎなき信念を言葉にして伝えられ、迫りくる翌年の最期の時に備えられた様子が綴られている。
法隆寺を始めとし仏教界から後世に伝わり定説になった病死説とはまったく異なる、穏やかで落ち着きある最後の日々が先代旧事本紀大成経には伝えられた。美しく感動を誘う記述である。(この伝記の巻は大成経の中でも最も厚く詳細)
不敏といえどもは謙遜の表現。

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